【エッセイ】ビジネススーツのサブスクリプションサービスに払う「犠牲」

サブスクリプションサービスはとうとうビジネススーツにもやってきた。日経新聞によれば「所有」から「利用」への価値観のシフト(参考:

https://r.nikkei.com/article/DGKKZO32846120Q8A710C1TJ1000?s=3 )。

参考:レナウン「着ルダケ」 https://kirudake.e-shop.renown.com/

アオキ「Suitsbox」 https://suitsbox.com/

 

何も今に始まったわけでもなく、iTunes、定額動画配信サービスやカーシェアリングなんかも「利用」のコンセプト(サブスクリプション)の上に成り立っている。利用者のメリットは、購入より安価であること、手入れなどもお店任せにできること、使用しない時期のスペースが空くこと、サイズ補正もしてもらえることと一見良いことだらけ。お店としても、高価格帯の商品を試してもらう販路が広がるし、何よりも在庫リスクは軽減できる。また、レナウンは法人向けのサービスを行っていて、これが好調であったため、個人向けにもサービスを開始したようだ。

 

まぁ、確かにこれを魅力的と感じる層はいるはずで、レナウンは3,000人の会員で収益を出せるというのだから、それほど難しいハードルでもないように感じる。利用者からしても、選択肢が増えることは豊かさにつながると考えているので、特段批判することでもないように受け止められる。また、所有の観点からも、ミニマルであることは好ましいとも考えている。

 

ただ、でも、記事を読んで1日考えてみて「違うな」という考えに落ち着いた。その理由はなぜなのかが自分でもよくわからなかったのだけれども、2つの軸で考えると少しその違和感が腑に落ちた。

 

まず、X軸をオンタイムかオフタイムかで考える。次にY軸で高価格なのか低価格なのかを考える。既存の思いつくサブスクリプションサービスをこの4事象にプロットすると、図のようになる。右上の高価格かつオンタイム(公的な時間)は、貸衣装なんかを考えると、結構歴史は長そうだ。昨今、スマホの普及で僕たちは左下の音楽、動画、雑誌なんかで日々の変化を感じていると思う。これは、CDが売れなくなったということがかなり昔に感じることからも世間に浸透していると言えそうだ。左上は、オフタイムの高価格帯のもの。ここは、議論が分かれそう。でも、自身の所得を考えながらも非日常を手に入れるためには、必要なサービスだと思っている。高級車を借りたり、高いホテルに泊まったり。一瞬のためにという感覚は誰しもがあるように思う。ただ、所有するには、あまりにコスパが悪いという物がカテゴライズされるだろう。

では、本題の右下の低価格でオンタイムに用いられるもの。この「利用化」が今回のトピックだ。「所有」を「責任」、「利用」を「外注」と置き換えて考えて、僕はようやく違和感にたどり着けた。

 

オンタイムに使う低価格のものを「外注」していいのか。

 

もっとも、スーツも安くないという批判はあり得る。ただ、減価償却的に考えれば、所有のほうが安価になる(3万円のスーツを4着とするならば、合計12万。3年間着用するなら1ヶ月あたり3,333円)。また、トレンドを意識するならば、このようなサービスは魅力的なのかもしれないし、管理維持を考えれば、コストはそう変わらない。むしろ、高いスーツを着ることができると考えれば、サブスクリプションに行き着くのかもしれない。しかし、1つ目に見えない犠牲を払っている。それは、「責任(所有)」だ。この「責任」を次のように2つを含んでいる。(「選択する」×「維持管理する」)×「責任」となる。

換言すると、スーツに対する教養や知識の集積。これが、サブスクリプションサービスの利便性に対する犠牲。

スーツを毎日着る大人が「(選択と維持管理を)外注」する社会。

利便性に対する対価がバランスしない。これが、違和感の理由。

 

 

 

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