【エッセイ】意識の器、奥行きは無限大

『Trainspotting』。2019年現在で35歳〜40歳だったら、リアルタイムで影響を受けた映画かもしれない。アル中でもヤク中でもないけれど、僕もその一人だ。挿入Underworldの『Born Slippy』かもしれないし、これが出世作となったユアン・マクレガーの演技かもしれないし、後に『スラムドッグ・ミリオネア』を世に出すことになるダニー・ボイル監督の色褪せない映像(映画、全然素人だけれど)かもしれない。

 

この悪事とシモネタオンパレードで下品な映画は、人によっては受け付けないだろう。品がいいとは言えない僕も40歳を目前にして、再度見直すと食傷気味になることが目に見えている。でも、あえてこの映画をひっぱり出して何か書こうと思い立ったのは、やはり、僕らにとってその影響は偉大。冒頭と最後。内省を促すから。「お前はそれでいいのか?」って。

だって、誰もがこの「Choose life」のポスターを読み返し、声にだし、そして、自分に聞いたんじゃないのかな。

 

 

最初と最後のナレーションとその変化。翻訳とちょっとした説明はこちら

 

10代の僕たちは冒頭のナレーションに強く共感したはずだ。あのときは。

20年が過ぎ、最後のエンディングのナレーションにも共感するはずだ。

 

ILL BOSTINO が言うように、「意識の器、奥行きは無限大」。

実際、Chooseばかりできるわけでもない。かといって、Chooseを諦めることもできない。だから、せめて意識の中だけは、できる限りぶっ飛んでおきたいな。あのときのまま。

 

 

というような想いを込めて創っていたこともあり、ちょっと煽った、尖ったPOPを創ってもらえました。せめて、自分が着るものくらい、Chooseしてほしいし、それできることだから。

二見書房の制作の方々、デザイナーの方、本当にありがとうございました。僕の下品さがうまく隠れて、形になっています。とてもいい感じでテンションが上がりっぱなしです。ウキウキ、ワクワクで満員電車に突入できます。

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