【エッセイ】コフィー・アナンの死で失うもの

8月18日は忘れられない日になるだろう。元国連事務総長のコフィー・アナンが亡くなったのだから。

彼の名声の多くは、ノーベル平和賞を受賞したことやサブサハラ以南で初めての国連事務総長であるという経歴に焦点を当てたものが多い。

確かに、ノーベル平和賞受賞当時、僕は大学で国際関係学を一応専攻していて、UN(国際連合)を目指したいなと思うきっかけになるMDGs(ミレニアム開発目標)の採択や世間的な広まりを見ていた。たぶん、地方の公立大学だったけれど、僕らの学部で彼の名前を知らない人はいないと思う。そんな彼の功績から、人類にとってどれだけ損失が大きかなんて語る資格は僕にはない。

 

2001年から17年後の今日、僕はこの偉大な人を、少し違う視点で見ていた。コフィ・アナンほど綺麗な着こなしをする人は見ないということ。

 

クラシカルなラペル、一目で良いものだと分かるスーツの生地、それでいて目立たないシックな柄。セミワイドスプレッドカラーの白いシャツ。常に基本に忠実で、安定している。タイも控えめな柄。すべてが調和していて、非の打ち所が無い。(Googleでコフィ・アナンの画像を検索してみてほしい。)

 

特筆すべきは、ノット(結び目)。ダブルノットで重みをもたせつつも、樽型の自然さ。そして、ディンプルが必ずはいっている。これほど綺麗にノットを魅せれる人を他に知らないし、たぶん、この意見には多くの同意を得られるとも思っている。

国際協力の現場にいつつ、スーツについてあれこれ言っている僕にとっては、その2つともに影響力を持つ人。

 

偉大なノットの見本を失った、というくらいは言及しても許してもらえるだろうか。

 

http://www.afpbb.com/articles/-/2893212?pid=9322584

画像元: http://news.nicovideo.jp/watch/nw3767739

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