【エッセイ】願っていること

「神の見えざる手」が存在しているならば、各人が自分の利益のみを追求すれば全体最適になるだろうと思っているので、道徳的に生きようとか、誰かを助けようなんてあまり考えたことはない。

 

ただ、お世話になった人に対して感謝の気持ちを表現したいなと思うことはある。

 

ちょうど12歳離れた経営者の方もその一人で、「スーツ買いたいんだけど」と言っていたことを思い出し、連絡を取ってみた。

「太ったよ。でも、欲しいよね。付き合ってよ。」ってことで、一度会うことに。

 

「お洒落じゃなくていいんだけどさ、小綺麗な社長になりたいよね。」なんて本音が出たのは、会ってから2時間が過ぎた頃。照れながらおっしゃっていて。でも、「足幅と肩幅とももの幅半端ないよ。」なんて脅かされたり。「もう5年もスーツなんか買ってねーよ」と言う割に、「一張羅と毎日着る用に5着一度に買っちゃおうか。」なんて大人買いの余裕を見せてくる。

 

僕は、そんな、この人が好きだ。

 

知識なんて使ってナンボなわけで、行動に結びつかないなら無駄でしかない。

実際にどのくらい既成品でカバーできるかも知りたいし、できないならば、オーダーの選択肢もあり得る。その既成品とオーダーの境目を見極めるいいタイミングかもしれないなんて下心も生まれてはいるので、厳密に言えば、これも感謝の表現ではないのかもしれない。

 

「じゃ、明後日空いているんで、空けてくださいよ。靴買いいきましょ、まず。」と半ば強引に決定。

 

ちゃんと合う靴があればいいなぁと、ほんの少しだけ、願っている。

 

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