【エッセイ】訳さない選択

仙台に2週間、工場に缶詰になってアフリカの研修生と過ごしているところ。昼食は滞在している企業の方の計らいもあり、社員の方々と食べる。そこで、通訳をすることもあるんだけど、ちょっと心を動かされたことを。

 

アフリカの男性が1名、僕、そして社員の女性2名が同じテーブルで昼食を始めた。最初は僕に頼りながらのコミュニケーションだったけれど、次第にちょっとした単語は聞き取れるということがわかった様子。ふと、彼が「若いよね。年齢は?」と質問した。初対面かつビジネスというシチュエーションなら、話題の選択として好ましいとは言えない。ただ、お互いに言葉が限られた中では、プライベートなことが最も答えやすいし、理解もしやすい。彼なりの気遣いだ。だから、一人は質問を聞き取ることができた。

 

「あ、えっと、Twenty Two」彼女がそう答えて、彼に伝わる。

二人は笑顔に。

それを見て、もう一人の女性が「ねぇ、年齢?28ってどう言ったらいいの?」とヒソヒソ話。

 

しばらくの時間が過ぎ、「トウェンティ、えっと、、、、、エイト」彼の笑顔を確認して、28歳の彼女も笑顔に。「初めて英語喋ったわ。」と少し顔を赤らめて独り言のように、僕と彼を見て呟いた。

 

 

アフリカ人男性と日本人女性2名が互いの年齢という情報を交換しただけのこと。

 

たったこれだけのことが、彼女たちだけではなく、彼にも僕にも確かな意味をもたらす。

 

 

 

昼食のあと、彼が次のように話してくれた。

「彼女たち、英語喋れないだろ?でも、あぁしてトライしてさ、伝わっていたら嬉しそうだったよな。やっぱりさ、トライしないと嬉しいことって得られないんだな。」

 

 

3月の上旬にある知り合いが、人生初のオーダースーツにトライする。

僕はそこに立ち会える。きっとその人は気恥ずかしさもあるだろう。あまり重要ではない質問をしてしまうかもしれない。専門用語を知らずに、フィッターと僕の会話を眺めることで居心地の悪さを感じてしまうかもしれない。

 

そうだとしても、トライすることに変わりはない。

 

どんなプロセスをたどったとしても、彼がスーツに袖を初めて通したときに、日々の中で着るときに、ブラシをかけるときに、そして、誰かからスーツ姿を褒められるときに、ナニカを感じられるようにサポートするのが、僕の役割。

 

 

すべてを通訳し、意味を通じるようにすることだけがベストな選択肢ではない。

 

 

英語を上手には話せない2人から、教えてもらったこと。

それは、たぶん、複数の言語を扱える同僚からでも学べなかったこと。そして、当然、僕の頭で考えてもたどり着けなかった1つの選択。

 

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