出版して1週間と少しが経った。良かったことはすでに数え切れない。
長く接していなかった友人から、「すごいね」と言われること。
多くの人が「買うよ」と即答で言ってくれていること。
だから、(もうしばらくしたら?)印税が入ること?
出版社(担当者や校閲の方)のおかげで、貧しい日本語能力でもスムースに出版できたこと。
想像していなかったレビューやSNS上のつながりが生まれていること。
自分の日本語や(スーツに関する)知識の曖昧さを実感できたこと。
創造の尊さ、伝えることの難しさ、批判や意見を消化する強さ。こういう言葉でしか知らなかったものを、経験を通じて瞬間瞬間で感じること。
関わる一人ひとりに「ありがとう」と言ったところで、この感情はうまく、そして十分に伝えきれない。だから、明日から接する人に暖かく接したり、創る文章の精度を高めたりしようともがくのだろう。
親友の一人が、明日から新しい職場で仕事を始める。
彼との出会いは18歳、大学1年生のときにまで遡る。そこから18年の時間を重ねて僕たちは36歳。彼は、あの頃から僕に関わるあらゆる媒体をデザインしてくれている。あなたが目にする僕に関わるモノのほとんどは、彼が創り出している。
本を出してよかったこと。
その彼が自分のことのように喜んでくれたこと。
別に神様なんて信じていないし、元号が変わったからといって騒ぐ性格でもない。彼もオトナだ。そもそも、良いことだらけの人生なんて退屈だろうし、彼自身も願っていないだろう。
そうだとしても、良いことだらけの時間となることを願わずにはいられないのは、この時間のせいだろうか。
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