彼女は新卒で、僕は国際部門を取りまとめている(偉そうな)立場で、彼女にとっては最初の上司だったらしい。会計コンサル時代の話。彼女はその後インドに3年赴任することになり、帰国し会ってくれた。そして、ふと教えてくれた。「今でも渡してくれた本、持っています。」と。送ってくれた写真で、記憶が呼び戻される。本のタイトルは『「キャリアアップ」のバカヤロー』(常見陽平 講談社2011年)であった。

(送ってもらった写真。汚い僕の字が。。。そして、相変わらず偉そう。)

 

あるあるなんだけれど、自分が「したこと」というのを覚えていることは皆無。他方、「されたこと」はよく覚えている。

 

常見陽平先生は、一作目『世界で闘うためのスーツ戦略』(星海社出版 2019)を読んでくれ、ありがたいことに記事でも取り上げてくれた方。正直に言えば、会計コンサル時代に常見先生を知っていたわけでもない。また、一作目を売り込んだわけでもない。時が流れ、運良く出版でき、そして、たまたま本を見つけてくれ取り上げてくれたのだった。だからそんな点と点がつながったことに興奮して、改めて『「キャリアアップ」のバカヤロー』を読んでみた。すると、さらに驚くことがあった。常見先生も僕も『ノルウェイの森』(村上春樹 講談社文庫 2004)の同じ箇所を引用していたのだ。

(二作目『教養としてのスーツ』(二見書房 2019 はじめにより))

 

 

常見先生はこの言葉の前後をもう少し長く引用されているし、趣旨も若干異なるのだけれど、感動を共有できたような気がした。友達と憧れのアーティストの新譜を聴いて、「あれ良かったよね!?」と朝から言い合って眠さが吹き飛び、授業のことやクラスのかわいい女の子のことなんかどうでもよくなって、語らい合うあの瞬間。

 

点と点が繋がり、線になる。意図せず目の前に現れる。

ちょうどそんな点と点が発見できたのは、今の職場の最終日のことだった。

ポエティックに言えば、過去と未来を区切るための線、なのかもしれない。

(ちなみに、出版社は『ノルウェイの森』『「キャリアアップ」のバカヤロー』は講談社。一作目の『世界で闘うためのスーツ戦略』は星海社出版という講談社の100%子会社で、ちょっと個人的には感慨深い。)

 

 

所詮、僕たちは点を創り出していくことしかできない。毎日あくせくと、目の前のことだけに最善を尽くす。今後起こるあらゆるWorstなことも想定はするけれど、正確に予測はできない。海外案件が全部ストップするような前例のないシチュエーションで、仕事を辞めるなんて狂気だし、意思決定をした2月時点での想定の甘さの結果だ。

 

 

嫌いな言葉がある。

 

「前例がないから(なんとも言えないですね)。」

様子から察するに、発言者に悪気があるわけではない。ただ単に事実だからそう伝えてくれるのだろう。

企画を創り文字にする側からすれば「前例がない」は、ほめ言葉だ。「天才なんじゃないか。」そんな錯覚を起こす。自分の考えなんて陳腐で、ありきたりで、きっと数万人が同じことを思いついているだろうという日頃の劣等感と卑下、そして冷静な客観は、ほんの一瞬だけ後ずさりして、僕の後ろに隠れる。この一瞬ちゃんと仕事したぜ、って感じられる。

 

ただ、他者から見ると、そういうことでもないらしい。

前例がないから…採択しない。採用しない。できない。許可しない。応募されても困る。

「前例がない」としても、まったく新しいアイデアなんて皆無で、大抵の場合、何かしら既存の企画やアイデアと重なりがあるし、着想自体が既存の企画の場合だってある。歴史や文脈、意図や目的を下敷きに、関係者の利益につながるような空想に意識を飛ばし、整理し、言葉を紡ぎ、無駄を削ぐ。このプロセスをまるで年輪を描くように、ただ、でも、年輪と違って外側から内側に何周も何周も描くことを繰り返す。当然、先駆者たちよりもほんの数ミリでも厚くあれ、と。

 

卒業証書のように、一定期間存在していればもらえる証明。

資格の証書のように、一定の努力と結果を示す証明。

契約書のように、一定期間の資源の移動を明らかにする証明。

他者が与えてくれる証明にアイデンティティを求めるようじゃ、前例(期待)通りの価値しか生み出せないだろう。他者が瞬間的に見た自分への評価には、たしかに自分が見えていない側面があるのかもしれない。有益なのかもしれない。冷静なのかもしれない。正しいのかもしれない。

 

過信。自意識。ナルシシズム。楽観主義者。無謀。前例がない。

なんとでもいいやがれ。精一杯のやせ我慢を見て笑い飛ばせばいい。

失うものは、過信と自意識だけ。

点を創っていく。

その点に価値がないと評価する人もいるだろう。でも、点と点はいつか繋がる。いや、遠い未来で誰かが繋げてくれるかもしれない。点と点が線となった瞬間、それはちょっとした物語になり、自分だけの証明になるのだから。

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