【エッセイ】僕とスーツとフィリピン2/3

フィリピンでの数ヶ月は、業務としてはエキサイティングだった。一方で常にTacandongの言葉が頭に引っかり、スーツについて悩む時間が続いた。何がダメなんだろう。

 

品質について言えば、おそらく僕が身につけていたものはフィリピンで販売されているものよりも優れているという確信は、周囲との比較で明確だった。周囲には名だたる外資と仕事をこなす弁護士や会計士だらけ。彼らのスーツは洗練されているとは言い難いものでもあったからだ。ほころびもあったし、ときに明らかに脱色があったり、汚れがあったからだ。

僕の格好、、、色彩にしてもそれほど奇抜ではない。大抵の場合、白シャツにグレーのズボン。靴は黒か茶。何もおかしくないよな。こう思わなかったといえば嘘になる。

 

しばらく経って、フィリピンで知り合ったユダヤ人経営者とのミーティング中、服装のことを常に考えていたからか、彼はサイズがきっちり合ったシャツを着ていたことに気がついた。クレリックシャツ。当時はその名前くらいしか知らなかったし、ある時期まで、僕はこのシャツがおしゃれの代名詞だと考えていた。当然、僕はこのシャツをミーティングの最後の方にねじ込んだ。

「どこに行けば、そんなにちゃんとしたサイズのシャツをフィリピンで買えるのか?」

単純な、でも深刻な質問だった。

彼はメモを取り出しすぐに数行走り書きをし、「タクシーの運転手に渡せば、すぐに行ける。僕の紹介といえば、直ぐに対応してくれるだろう。」と教えてくれた。

人生で初めてテーラーの名前を目にした瞬間は、フィリピンだった。そうして向かった先は、とてもではないが、彼のようなシャツを仕立てることができる、イメージした店舗の外装からはかけ離れていた。店内も。ただ、紹介してもらったとおりに事情を話すと、店主らしき男が「何枚いるの?」とだけ聞いてきた。

ひとまず、5枚だけれど高いよなと思いつつ答えを躊躇っていると、「とりあえず2枚くらい作ってみたら?」となり、僕はいいなりになるほかなかった。

 

大きな収穫は、3つあった。

一つ目は、シャツに胸ポケットは不要であることを初めて知ったこと。

二つ目に、フィリピンでは当時2,000円程度(日本の量販店の半額)でシャツが創れるのだと知ったこと。

三つ目は、デザインや色でシャツの金額が変わるわけではなく、使う生地によって価格が異なること。

 

特に、三つ目の発見は、言われてみれば当然だけれど、当時は気がついていなかった。ちょっとステッチが入っていたり、ボタンがカラーだったりするほうが。言い換えるならば、付属品が多いほうが、手間もかかるし原料の価格も上がると考えていたのだ。ただ、当然そんなことはなく、良い生地は「お前じゃ買えないよ」と言われたのを覚えている。だから、価格は聞かなかったけれど。

 

これは、途上国やフィリピンの印象も変えた出来事の一つ。

 

なんだかんだ言って、やっぱりフィリピンで良いシャツなんて作れないと思っていたし、まして、途上国にかっこいいシャツなんてあるわけないと考えていた。彼ら、途上国の人はちゃんとした知識があった上で創っているわけではないと決めつけていた。ただ、少なくとも、自称オシャレの当時の僕より、彼は知識があったし、それは正しいものだった。あまりに浅はかで、ダメな日本人。それが僕だった。2週間後にできたシャツは、とてもオーソドックスなものだったけれど、生まれて始めて「体に馴染むサイズ」を経験した瞬間でもあった。

 

馬子にも衣装というような感覚だったのだろうか。Tancandongは少しだけ目を大きくし、そして笑顔で「Looks better(前より良くなったね)」と一声だけかけてくれた。おそらく、瞬間的にそう言ってくれたので、胸にポケットがないとか、そういったディテールを見ての判断ではなかったはず。

 

この経験は、「サイズ」が最も大切なのだという原則を僕に教えた。

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